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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)137号 決定 1976年8月03日

抗告人 大道八代

右代理人弁護士 飯田孝朗

主文

原決定を取消す。

抗告人を過料金七万円に処する。

抗告費用はこれを三分し、その二を抗告人の負担とし、その余を国庫の負担とする。

理由

抗告人は「原決定を取消す」との裁判を求め、その理由として別紙「抗告の理由」及び「異議申立の理由」記載のとおり述べた。

(当裁判所の判断)

本件記録によれば、抗告人は、東京都足立区千住大川町三七番九号に本店を有する株式会社大道商会の代表取締役に在任中、昭和二七年九月二日監査役金子重吉が退任し、法律又は定款に定めた監査役の員数を欠くに至ったにもかゝわらず、その選任手続をすることを怠り、同五〇年二月二五日に右手続をしたものであることが認められる。

そこで、抗告人の抗告理由について判断する。

まず、右選任手続を怠ったことにつき違法の認識がないことを前提とする不処罰の主張について按ずるに、抗告人は右前提事実の存在を裏付けるものとして、異議申立の理由第一項記載のとおり、抗告人には大道商会の監査役の欠員を知らず、且つこれを知らなかったことにつき無理からぬ事情がある旨主張するが、一件記録を精査しても該事実を認めるに足る資料は見当らないのみならず、そもそも商法第四九八条第一項第一八号所定の場合、即ち法律又は定款に定めた取締役又は監査役の員数を欠くに至った場合に、その選任手続をなすべき代表取締役等が右手続を怠ったときは、該代表取締役等は故意、過失の有無を問わず、過料の制裁を受くべきものと解するを相当とするから、抗告人の前記不処罰の主張は到底採用の限りでない。

次に、公訴時効の類推適用ないし失権効を前提とする不処罰の主張について按ずるに、過料の制裁には、秩序罰である性質上、最初から公訴の時効(刑事訴訟法第二五〇条)又は刑の時効(刑法第三一条、第三二条)に相当するものは考えられず、従ってこれに相当する規定もないから、公訴時効の類推適用ないし失権効を問題とする余地はないものと解するのが相当である。それゆえ、抗告人の右主張も採用できない。

次に、本件過料を料すことが信義則に反し且つ権限の濫用であるとの主張について按ずるに、一件記録によれば、大道商会の所在地を管轄する法務局が抗告人の前示選任手続の懈怠を知ったのは前示監査役金子重吉の退任登記と新監査役斉藤博の就任登記とがいずれも昭和五〇年三月二五日同時になされた結果であって、その後同年五月二八日、同法務局は管轄地方裁判所に対し右懈怠事実の通知をしたことが認められるから、前示法務局が抗告人の右懈怠を容易に知り得たのに二〇年以上も放置し、これを黙認ないし黙過していたものとは到底認めることができず、従って右長年月にわたる違反事実の黙認を前提とする抗告人の前記主張は採用できない。

次に、法人格否認の法理を前提とする不処罰の主張について按ずるに、一件記録を精査しても、大道商会が抗告人主張のように実質上は同人の長男大道善次郎の経営する個人商店であって、法人としての実体はないものであることを認めるに足る資料は見当らないのみならず、そもそも法人としての実体のない会社であっても、法人格を取得したものである以上、会社法の適用を免れることができないことは当然であるから、同会社の代表取締役に過料に処せらるべき商法所定の手続(本件の場合は、法律又は定款に定めた監査役の員数を欠くに至ったことにより、その選任手続をなすこと)を怠った違反事実がある場合には、同会社においては右手続を実際に行う必要がないものであるとか、この点に関する監督官庁の行政指導がなかったこと等を理由として、秩序罰としての過料の制裁を免れることができないものであることは多言をするまでもない。従って、抗告人の前記不処罰の主張は到底採用することができない。

更に、原決定の過料の量定は過重であるとの主張について按ずるに、前示認定の懈怠の態様、その他本件諸般の情状に鑑みれば、原決定の過料の量定はやや重きに失するものと認められる。従って、この点に関する抗告人の主張は理由がある。

よって、原決定を取消し、商法第四九八条第一項第一八号により抗告人を過料金七万円に処し、抗告費用の負担につき非訟事件手続法第二八条、第二〇七条を各適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 古川純一 岩佐善巳)

<以下省略>

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